ありがたい、と思う時

ある時、サラリーマンを辞めて、一人で漕ぎ出した。

それは正解だったと思います。

理由はひとつ。仕事をさせて頂けることへの感謝が、今のほうが格段に大きいからです。

数ある葬儀社の中から、指名、選択されることのありがたさ。

一度ご利用になった方が、紹介して下さったり…。

選ばれたことに感謝するから、自分の仕事で、精いっぱいお返ししようと思うのです。

そう思って働いていると、こんどはこちらが「ありがとう」と言われます。

その心が施す良い循環が平和な人間の社会。

遅ればせながら、人生の途中で、このことに気づいて良かった。

 

お客様に、言ってしまう事

事前のご相談とか、そうでなくてもお客様との立ち話の中でもそうなのですが、やはり私の仕事柄、私の顔を見ると、お葬式の話になってしまうことが多いです。

皆さんおっしゃるのは…

「同年代の友達と集まると、お葬式とかお墓とかの話が多いのよー」

だそうです。

日常の会話で、私にも関わる話題になるのは、仕事的にはありがたいことですし、そういう関心や心配があるからこそ、事前のご相談に来て頂けたりするわけで、お役に立ちたいな、とその都度思います。

ただ、同時に、矛盾してるようで恐縮ですが、考えてしまう事は、それぞれの人生の後半、仕上げの大切な時間、葬儀の事やお墓の事ばかりの思案じゃもったいないなあ… と、いうことです。

暮らしの中の、興味、関心はもっと楽しい事、わくわくする事のほうが楽しいんじゃないかなあ、と。

で、行き着く結論がこうです。

「お客様が必要以上に最後のことばかり、考えなくてもいいように、私ががんばりゃいいんだ」と。

なので、事前のご相談の後には、こう言っています。

「今日、いろいろご相談頂きましたので、もう大丈夫です。あとは、お葬式の事なんて忘れていいですよ。私が考えますから」

「明日からは、楽しいことを考えてお過ごしください!」

と言っています。

すると皆さん、「ほんとだねぇ」 と言って、ニッコリされます。

葬儀のお仕事

世の中にはいろいろな仕事がありますが、葬儀の仕事は特殊なところがあります。

それは次のようなところです。

サービスを提供する相手「お客様」がもうすでにお亡くなりになっている、というところです。

亡くなってからが、故人様という人物と、葬儀社である私との出会い。

亡くなってから、お知り合いになる。

お元気な時にお話ししてみたかった、と思うことも何度もあった。

実際にお話しは出来ない分、心の中で呟きながら思案する。

こんな感じでどうですか?

こんなお花でいかがですか?

遺影写真こうしました・・・・、などなど。

その問いかけのお返事は、ご遺族から頂くことになるのです。

「やあぁ~おばあちゃんのイメージだあ」とか「普段の父さん、こうだったあ」とか。

そんな言葉を聞けた時、交信ができたかも。

と僭越ながら感じています。

 

葬送行進曲♬その2

 

葬送行進曲として、たびたびセレモニーで使われるのがこの曲。

ベートーヴェンの交響曲第三番「英雄」の二楽章です。

重い。

有名人のお別れの会などの献花の時間の音楽などで使われたりしています。

岸のあちら側、こちら側

仏教的には三月の春分の日の前後、彼岸と言っています。

一年のうちでもっともあの世とこの世が近くなる時季とも言われています。

でも川の岸を挟んで、あちらとこちら。

容易に行き来はできない。

同じ空間にあるようで、でもこちらは人間界という修行の場。

誰しも、泣いても笑っても簡単には抜けられない。

みんなに平等な「一生」という機会と時間を与えられたとすれば

これほど幸運なことはない。そこまではみんな同じ。

ただその「一生」を、砕けないように、小さなキズさえも付かないように

箱に入れて取り扱い注意にしてしまうのか。

それとも、おもいきりブンブン振り回してフル稼働させて、「一生」という機会を最大限使い倒すのかどうかは、自分次第。

動けば動くほど、初めていろんなことに気づく。

次から次へと違う景色をたくさん見たい、と思うのです。

涙雨⛆

涙雨  の意味をあらためて検索してみました。

「悲しみの涙が化して降ったと思われるような雨」と出ていました。

「ほんの少しばかり降る雨」とも出ていました。

昨夜遅くからすでに降り始め、今日はずうっと降り続く大雨。

夜になってもまだ止みそうもない。

全然、「少しばかり」ではない。

そりゃそうだろうな、大きな悲しい出来事であったのだから。

その時間に、鎮魂のサイレンがなり響きました。

私は、あの時の感覚が薄れることがないよう、自らを戒めるよう

当時の動画を見ました。

被災者の方々の多くは地震の揺れの瞬間には、被害を受けていない。

その時はまだ、みんな元気だった、それぞれの考えで、どこかに向かった。

悲劇がそのあとだったことをあらためて思い、津波の到達の頃の時間に

海の方向に向かい、手を合わせました。

釜石の風景

これは二年ほど前の写真ですが、釜石斎場(火葬場・平田)付近で撮影したものです。

ふつうに、その辺を飛び回っています。

庭の花や作物を食べてしまうため、困っている住民のかたも多少。

でも基本的には、あたたかい眼差しで見守られている釜石の動物たち。

今日、まもなく主要高速道路の支線が縦横に開通します。

これにより、日本全国各地から一般道を使用せずに釜石市内、岩手県沿岸にマイカーで来れます。

交通量にもあらたな変化が。

人にも動物にも、気をつけないと。