葬送行進曲♬その2

 

葬送行進曲として、たびたびセレモニーで使われるのがこの曲。

ベートーヴェンの交響曲第三番「英雄」の二楽章です。

重い。

有名人のお別れの会などの献花の時間の音楽などで使われたりしています。

岸のあちら側、こちら側

仏教的には三月の春分の日の前後、彼岸と言っています。

一年のうちでもっともあの世とこの世が近くなる時季とも言われています。

でも川の岸を挟んで、あちらとこちら。

容易に行き来はできない。

同じ空間にあるようで、でもこちらは人間界という修行の場。

誰しも、泣いても笑っても簡単には抜けられない。

みんなに平等な「一生」という機会と時間を与えられたとすれば

これほど幸運なことはない。そこまではみんな同じ。

ただその「一生」を、砕けないように、小さなキズさえも付かないように

箱に入れて取り扱い注意にしてしまうのか。

それとも、おもいきりブンブン振り回してフル稼働させて、「一生」という機会を最大限使い倒すのかどうかは、自分次第。

動けば動くほど、初めていろんなことに気づく。

次から次へと違う景色をたくさん見たい、と思うのです。

涙雨⛆

涙雨  の意味をあらためて検索してみました。

「悲しみの涙が化して降ったと思われるような雨」と出ていました。

「ほんの少しばかり降る雨」とも出ていました。

昨夜遅くからすでに降り始め、今日はずうっと降り続く大雨。

夜になってもまだ止みそうもない。

全然、「少しばかり」ではない。

そりゃそうだろうな、大きな悲しい出来事であったのだから。

その時間に、鎮魂のサイレンがなり響きました。

私は、あの時の感覚が薄れることがないよう、自らを戒めるよう

当時の動画を見ました。

被災者の方々の多くは地震の揺れの瞬間には、被害を受けていない。

その時はまだ、みんな元気だった、それぞれの考えで、どこかに向かった。

悲劇がそのあとだったことをあらためて思い、津波の到達の頃の時間に

海の方向に向かい、手を合わせました。

釜石の風景

これは二年ほど前の写真ですが、釜石斎場(火葬場・平田)付近で撮影したものです。

ふつうに、その辺を飛び回っています。

庭の花や作物を食べてしまうため、困っている住民のかたも多少。

でも基本的には、あたたかい眼差しで見守られている釜石の動物たち。

今日、まもなく主要高速道路の支線が縦横に開通します。

これにより、日本全国各地から一般道を使用せずに釜石市内、岩手県沿岸にマイカーで来れます。

交通量にもあらたな変化が。

人にも動物にも、気をつけないと。