これから

今年に入ってから、千葉県船橋から都心まで電車に乗って移動する機会がありました。

その時、感じたこと。

昔より庶民が貧しくなったなあ、と。

貧しい、といえば言葉は悪いけれど。

私が東京に住んでた学生時代、三十年近く前のことですが、その頃と比べて服装がかなり貧相になっているな、と感じました。

昔はブランド物が流行ったりで、そうでなくとも、みんな服も持ち物も、しっかりした良いものを持っていた。

でも今はファストファッションの時代。安くてカッコ良くて、大量生産のそこそこいいものを使い捨てに近い状態で利用する時代。

それは若者も、中年も、高齢者も多かれ少なかれみんな同じ。

間違いなくそうなった。

服装に象徴されたその現実は、生活そのものをそのまま表している。

過去から追ってきて傾斜の角度をもって変化してきたその軌跡はそのまま今後の未来の生活にも及んでいくだろう。

 

昔、何かのテレビで小さな町工場を映していた。

すごく小さな小さなネジを作っていた。

顕微鏡でやっと見えるような、小さなネジ。

で、レポーターが町工場の社長に尋ねてた。

「そんな小さなもの注文あるんですか?何のために作ってるんですか?」

そしたら社長

「注文なんてないよ、でも注文が来てから研究し作り始めては遅いんだよ・・」と。

私は、なにかハッとした気がした。今でも何度も思い出すそのシーン。

 

私たちの生活はどんどん切り詰めたものになっていくだろう。

小さく安く、か・・。

儀式もそうなりはじめている。

そのサイズが主流になっても、しっかりお役に立てるしくみを作っておく。

小さくても大切なその時間のために。そんな時代がやって来る。

間に合うように。

先に行って待っていよう。